ハイボールの炭酸はなぜ抜ける? 温度・注ぎ方・混ぜ方で何が違うのか
ハイボールのつくり方には、決まり文句のような注意書きがついてくる。ソーダは氷に当てないよう、ゆっくり注ぐ。混ぜるのはマドラーで縦に1回だけ。サントリーの蒸溜所ブログでも、炭酸の刺激を逃がさないための手順として、この二つが挙げられている。
言われたとおりにつくると、グラスの泡立ちは確かに穏やかになる。けれど、泡が静かなことと、炭酸が残っていることは同じだろうか。炭酸がどこから、どの瞬間に抜けているのかをたどると、温度と注ぎ方と混ぜ方は、それぞれ別の場所で効いていることが分かってくる。
炭酸の多くは、泡にならずに抜けていく
栓を開けた炭酸水は、溶け込んだ二酸化炭素を抱えきれない状態にある。瓶や缶の中では圧力で押し込められていたが、外の空気には二酸化炭素がほとんど含まれていない。液体は時間をかけて、その余りを外へ逃がしていく。
出口は二つある。一つは泡だ。泡は液体のどこからでも湧くわけではなく、グラスの細かな傷や液中の微粒子に閉じ込められた小さな空気を足がかりに育つ。もう一つは、液面から目に見えないまま抜けていく拡散である。
シャンパーニュの泡を研究するランス大学のジェラール・リジェ=ベレール(Gérard Liger-Belair)らは、フルートグラスでの実験から、二つの出口の比率を間接的に見積もっている。泡として出ていく二酸化炭素が1なら、液面から直接抜けるものはおよそ4。氷の入ったハイボールで同じ比率になるとは限らないが、泡が見えないことは、炭酸が逃げていないことを意味しない。
液面からの抜け方は、液体が動いているかどうかで変わる。静かな液体では、液面のすぐ下に炭酸の乏しい層ができ、それが抜ける速さを鈍らせる。かき回されると、この層は次々に新しい液体と入れ替わり、炭酸は外へ出やすくなる。注ぐことも混ぜることも、液面にこの入れ替えを起こす操作だ。
注ぐ数秒が、グラスに置いた10分に匹敵する
リジェ=ベレールらは2010年、注ぎ方による損失を実際に測った。1リットルあたり11.4gの二酸化炭素を含むシャンパーニュ100mLを、二通りの方法でフルートに注ぐ。グラスを立てたまま液体を底に打ちつける注ぎ方と、グラスを傾けて内壁に沿わせる、ビールのような注ぎ方である。
底に打ちつける注ぎ方では、注いでいる数秒のあいだに、注いだ後の最初の10分間に匹敵する量の二酸化炭素が失われていた。細い流れになった液体は体積の割に表面が広く、底にぶつかれば渦が生まれ、空気も巻き込む。炭酸の損失は、グラスに収まるまでの数秒に集中している。
液温4℃では、1リットルあたりの損失が、底に打ちつける注ぎ方で3.0g、内壁に沿わせる注ぎ方で1.6g。静かに注ぐだけで、注ぐときの損失はほぼ半分になった。
ハイボールで「氷に当てないように」と言われるのも、同じ理屈で説明がつく。氷の上に落ちたソーダは、流れが砕けて乱れる。グラスの内側やバースプーンに伝わせて注げば、研究でいうビールのような注ぎ方に近づく。
冷えていなければ、静かに注いでも効かない
同じ実験で目を引くのは、液温を上げたときの結果だ。12℃では底に打ちつける注ぎ方が3.3g、内壁に沿わせる注ぎ方が2.0g。18℃になると4.0gと3.7gで、4℃で見られた大きな差はほとんど消えていた。
研究チームは温度による違いを、主に二つの性質から説明している。温かい液体では二酸化炭素の分子が動きやすく、液面から抜ける速さが上がる。液体の粘りも弱まるので、注いだときの乱れがなかなか収まらない。加えて、気体は液体が冷たいほど多く溶けていられる。静かに注ぐ技術は、液体が冷えていて初めて効く。
ハイボールでは、ここにウイスキーの温度が加わる。常温の棚から出したウイスキーを冷えたソーダと合わせれば、そのぶん全体の温度は上がる。サントリーの手順では、ソーダを入れる前にウイスキーと氷をしっかり混ぜて冷やす。挙げられている理由は氷を溶けにくくすることだが、炭酸の側から見てもこの順番は理にかなっている。勢いよく混ぜるのは、まだソーダが入っていない段階だからだ。
氷がどれだけ溶けて薄まるかも、グラスに持ち込まれる熱で決まる。材料を冷やしておくことは、薄まりを抑えることと炭酸を守ることを同時に引き受けている。
氷とマドラーは、泡の出口を増やす
氷はハイボールを冷やす道具であると同時に、泡の発生源でもある。リジェ=ベレールによれば、氷の表面はマイクロメートルの尺度で見るとまったく滑らかではなく、細かなひび割れだらけだ。その一つひとつが泡の足がかりになる。氷を詰めたグラスにソーダを注ぐと、氷のまわりから一斉に泡が立つのはこのためである。
カクテルの科学で知られるデイヴ・アーノルド(Dave Arnold)は、表面が粗いものに炭酸が触れれば泡の発生は大きく増えるとして、炭酸を使う飲み物には大きな氷を勧めている。割れて生じた破片は泡の出口になり、冷凍庫から出したばかりの冷たすぎる氷は、液体に入れた途端にひびが入るからだ。サントリーが「角の少ない大きめの氷」を指定しているのも、この点と重なる。
アーノルドは、霜のついたグラスを使うなら先にスピリッツを注ぎ、表面をならしてから炭酸を入れるよう助言してもいる。ウイスキーと氷を先に混ぜておくサントリーの手順も、氷の表面に対して似た働きをしていると考えられる。
マドラーの扱いも、二つの出口から考えると見通しがよくなる。何度もぐるぐると回せば、液体は動き続け、液面の層は入れ替わり、氷の表面には新しいソーダが次々に触れる。縦に1回、底から持ち上げるように混ぜれば、ウイスキーとソーダをなじませながら、液体を動かす時間を短く切り上げられる。縦に1回は、泡を立てないためというより、液体を長く動かさないための作法と読める。
守れる炭酸と、守れない炭酸
どれだけ丁寧につくっても、避けられない減り方がある。ウイスキー1に対してソーダ4で割れば、ソーダに溶けていた二酸化炭素は、混ぜた時点で計算上およそ8割の濃さになる。1対3ならおよそ75%。濃いめにすれば、そのぶん炭酸は薄まる。度数が下がれば香りの出方も変わり、加水で香りの見え方が変わる仕組みは、ソーダで割るときにも働いている。
温度、注ぎ方、混ぜ方が左右するのは、この上限からどれだけ減らさずにグラスへ移せるかだ。次にハイボールをつくるときは、注いでいる数秒に目を向けてみるといい。材料が冷えていれば、静かに注ぐことがそのまま炭酸を守る。氷とマドラーは、気づかないうちに出口を増やす。泡が立つかどうかより、炭酸に余計な出口を与えていないか。一杯の炭酸は、飲みはじめる前にかなりの部分が決まっている。