テキーラとメスカルは、どこで別の酒になるのか
テキーラはブルーアガベ、メスカルはスモーキー。アガベの蒸留酒を覚えるとき、まず手にするのはこの二行かもしれない。間違いではない。けれど、この覚え方では説明できないことがある。
どちらもアガベから造られるのに、どこで別の酒になるのか。その境界は、香りより先に、メキシコの制度の中に引かれている。
同じアガベ酒でも、いまは別々の名前を名乗る
「テキーラはメスカルの一種」と説明されることがある。歴史をさかのぼれば、この言い方にも背景はある。研究では、かつて“vino mezcal”と呼ばれた酒の一部が、現在のテキーラへつながっていったことが示されている。
ただし、現在の「Tequila」と「Mezcal」は上下関係にある名称ではない。それぞれ独立した原産地呼称を持ち、別々の公式規格で定義されている。
造られた場所だけを見れば区別できるわけでもない。ミチョアカン州には、テキーラとメスカル双方の保護地域に含まれる自治体がある。境界は地名だけでは引けず、原料や造り方の条件と重ねてはじめて見えてくる。
アガベはテキーラの方が狭く、発酵の糖はメスカルの方が狭い
原料の植物に限れば、テキーラの方が選択肢は狭い。使えるのはAgave tequilana Weber variedad azul、いわゆるブルーアガベだけで、保護地域で栽培され、登録されたものに限られる。
メスカルではアガベ属のさまざまな種を使える。ただし、保護地域内で育ったことや原料・畑の登録などの条件がある。
ところが、発酵に使う糖を見ると関係が逆転する。テキーラには「100% de agave」と「Tequila」の二つのカテゴリーがあり、後者では発酵前の配合で、糖分の最大49%をアガベ以外の糖源でまかなえる。完成したテキーラに別の酒を混ぜるという意味ではない。
一方、現行規格のメスカルは100%アガベの蒸留酒として定義される。これは発酵・蒸留の原料についての話で、完成後の添加まで一切認めないという意味ではない。
植物の選択肢が狭いのはテキーラで、発酵に使う糖の由来が狭いのはメスカル。 二つの酒は、「厳しい」「自由」という一本の物差しでは比べられない。
「メスカル=スモーキー」では、製法の違いを見落とす
メスカルといえば、地面に掘った窯でアガベを焼くイメージが強い。しかし、スモーキーであること自体はメスカルの定義ではない。
現行規格は、メスカルを「Mezcal」「Mezcal Artesanal」「Mezcal Ancestral」の三カテゴリーに分ける。基準になるのは香りではなく、加熱、粉砕、発酵、蒸留に使う方法と設備だ。
通常の「Mezcal」では、地中窯だけでなくオートクレーブでの加熱、ディフューザーによる粉砕・抽出工程、連続式蒸留器も認められている。Artesanalでは設備が絞られ、Ancestralでは地中窯での加熱など、さらに限定された工程が求められる。
「地中窯で焼く酒」という説明だけでは、メスカル全体を捉えきれない。 同じ「カテゴリー」という言葉でも、テキーラでは糖の由来を、メスカルでは造り方を分けている。
ラベルを見ると、制度の違いがそのまま見える
この違いは、規格の条文だけにあるわけではない。ラベルにも現れる。
テキーラでは「Tequila」の名称とともにカテゴリーとクラスが表示される。まず見たいのは「100% de agave」の有無だ。「ミクスト」という呼び方は広く使われるが、規格上のカテゴリー名ではない。
メスカルでは、カテゴリーとクラスに加え、「100% Agave」または「100% Maguey」、使用したアガベの名前、製造された州などが表示事項になる。複数のアガベを使った場合は、量の多い順に記載される。
ArtesanalやAncestral、アガベの名前は、単なる雰囲気づくりの言葉ではない。そのボトルがどの条件を満たして造られたかを読むための手がかりだ。
テキーラとメスカルを分けているのは、ひとつの香りでも、ひとつの原料でもない。産地、アガベ、糖の由来、造り方、認証が、それぞれの名前を支えている。
次にボトルを手に取るとき、確かめたいのは煙の気配より、ラベルに書かれた条件のほうだ。 同じアガベ蒸留酒という入口から始まった二つの名前の距離が、そこに具体的に記されている。