ウイスキーの「甘い」はどこから来るのか
バニラ、キャラメル、熟した果実。ウイスキーの香りを語るとき、私たちはこうした言葉を並べたあと、しばしばそれを一語でまとめてしまう。「甘い」と。
けれど、その甘さは何を指しているのだろう。舌の上で砂糖のような甘味を感じているのか、それとも別の何かを甘さと呼んでいるのか。
原料の糖が、そのままグラスに残るわけではない
まず外しておきたい説明がひとつある。「原料が甘いから、できあがった酒も甘い」という理解だ。
穀物のでんぷんからつくられた糖は、発酵で酵母の食料になる。そして蒸留で酒へ移るのは、エタノールをはじめとする揮発性の成分が中心だ。原料由来の糖が、そのまま蒸留液へ持ち越されるわけではない。バーボンのトウモロコシが甘いから完成品も甘い、という直線は引けない。
では、後から甘味を足しているのか。代表的なカテゴリーを見る限り、それも説明にはならない。EUではwhisky/whiskeyへの甘味付けと香味付けは認められず、プレーンカラメル(E150a)も着色目的に限られる。米国のバーボンウイスキーも、着色料、香味料、ブレンド材料を加えないことが基準に含まれている。もちろん、これはそれぞれの制度における定義で、世界中のウイスキーに同じ規則があるわけではない。
糖が少なくても、口の中には「甘い」がある
ここで次の結論へ飛びたくなる。糖が主役ではないなら、甘さは全部、香りが見せている錯覚なのだ、と。
これも単純すぎる。エタノールそのものが、人にとって一つの味ではないからだ。研究では、エタノールは苦味、乾く感じ、焼けるような刺激とともに、甘味としても評価されている。どの感覚が前に出るかは濃度によって変わる。砂糖がなくても、口の中で「甘い」という評価が生まれる経路はある。
さらに、完成品に糖がまったく存在しないとも言い切れない。バーボン樽を調べた研究では、チャーリングと熟成を通じて、樽材のセルロースやヘミセルロースに由来するグルコースやキシロースなどが酒側へ移る仕組みが示されている。
ただし、それらの糖が完成したウイスキーの甘味知覚をどれほど担っているかまでは、この研究からは分からない。エタノールか、樽由来の糖か。どれかひとつを主犯に指名できる話ではない。
バニラやキャラメルは、「甘さ」の評価まで動かす
そのうえで、香りの役割は小さくない。
実際のウイスキーを使った官能研究では、キャラメルやトフィー、バニラ、桃、りんごを思わせる香りなどが、試料を識別する主要な属性として抽出されている。
このうち、とくにバニラや樽香の一部はオークから抽出される成分と結びつく。樽材にはバニリンやシリンガアルデヒド、ウイスキーラクトンなどがあり、その量は樽の使用履歴によっても変化する。
問題は、こうした香りが「甘さ」とどうつながるかだ。
20種類の匂いを調べた心理実験では、「甘く香る」と評価された匂いほど、砂糖水の甘味評価を動かす傾向があり、最も甘く香るとされたキャラメルは甘味を強めた。別の実験では、バニラの香りを味の溶液に溶かさず、鼻から入る場合でも、口から鼻へ抜ける場合でも、甘味の評価が高くなっている。
さらに、その結びつきには経験も関わる。香りを砂糖と繰り返し組み合わせると、後にその香り自体がより「甘く香る」と評価されることがある。バニラが甘いのではない。私たちが、バニラを甘いものと一緒に覚えてきた。
ただし、甘い香りなら必ず甘味が増すわけではない。組み合わせや評価方法によって効果は変わり、砂糖とハムのように不調和な組み合わせでは甘味の増強は確認されていない。味と香りをそれぞれ評価できる条件では、むしろ味が香りを強める効果のほうが安定して観察されるという報告もある。「香りが舌を騙している」だけでは、少し話を急ぎすぎる。
次の一杯では、「甘い」を分解してみる
こうして見ると、「甘い」という一語には少なくとも四つのものが折り重なっている。
- 舌と口の中で感じる甘味
- 鼻へ抜ける、甘い食べ物を思い出させる香り
- エタノールが生む甘味、苦味、刺激の重なり
- それらをまとめた全体の印象
次に一杯を前にしたら、「甘い」と思ったところで止めず、一段だけ問い直してみる。舌に甘味はあるか。鼻へ抜けるのはバニラか、キャラメルか、熟した果実か。アルコールの刺激はどこに乗っているか。
原因を特定するためではない。感じたものと、それを呼ぶ言葉を、いったん切り離すためだ。
「甘い」は、テイスティングの結論ではなく、まだ何も見ていないという合図に近い。そこから先に、同じ一杯から拾えるものが増えていく。