なぜ蒸留所は、ウイスキーより先にジンを出すのか
ウイスキーの蒸留所が、ウイスキーより先にジンを出す。焼酎蔵がジンを出し、ラムの造り手もジンを出す。理由を尋ねると、たいてい「ジンは造りやすいから」という答えが返ってくる。
だがこの説明は、工程のどこが短いのかを教えてくれない。短くなっているのは技術の難易度ではなく、酒が商品になるまでの時間と、自前で持たなくてよい設備の量だ。
出発点は、買ってくることができる
EUの規則では、ジンは農産物由来のエチルアルコールにジュニパーベリーで香味を付け、ジュニパーが主体になった蒸留酒と定義される。製法要件がより細かいDistilled Ginでも、使う農産物由来エチルアルコールの初期アルコール度数は96%vol以上とされている。それを自分の発酵槽から得なければならない、とは定められていない。米国でも、もろみからの蒸留だけでなく、既存の蒸留酒の再蒸留や、ニュートラルスピリッツを使う製法が認められている。
糖化、発酵、そして高純度まで精留する設備。ジンでは、その前半を外から調達する設計が成立する。
ジンで省けるのは、蒸留の技術ではなく、蒸留までの工程だ。
熟成しないことは、味ではなく時間の話
EUや米国の一般的なジン規定には、ウイスキーのように一定期間の樽熟成を求める要件がない。米国ではオーク容器で熟成することも認められているが、それは選択であって条件ではない。
新しい蒸留所にとって、この差は大きい。設備が動き始めた日と、ウイスキーを売れる日のあいだには熟成期間がある。スコッチ業界出身のStuart Nickersonは、ジンから事業を始めた理由の一つとして、熟成期間がなく、キャッシュフロー上の負担が小さいことを挙げている。Witchmark Distilleryも、ジンとウォッカは資金面だけでなく、ウイスキー発売前にブランドや販路、飲み手との接点をつくる役割があると説明する。
先に売れる酒があるということは、先に名前を覚えてもらえるということでもある。 もちろん、ジンを出せば売れるわけではない。その先は別の仕事だ。
同じ蒸留器で造れることと、共用していいことは別
ボタニカルの香りを移す代表的な方法の一つは、ジュニパーなどを液中に入れて一緒に蒸留するやり方だ。一般的なポットスチルでも成立する。蒸気をボタニカルの入ったバスケットへ通す方法なら、別の機構が必要になる場合もある。
Kavalanでは、もともとシングルモルト用に導入したドイツ製スチルを、のちにジン製造へ転用したと同社関係者が説明している。
ただし、ベースのアルコールを造る蒸留と、香りを移す蒸留は別の仕事だ。多くのウイスキー用ポットスチルは、ニュートラルスピリッツを得るための高精留設備とは役割が違う。
ウイスキーの蒸留器でジンは造れても、ジンの出発点までは造れないことがある。
そして共用すれば、切り替えの問題も出る。前の蒸留の香味成分が設備内に残れば次の製品へ影響するため、洗浄や停止時間が必要になる。生産量が増えれば、専用設備を置く意味も大きくなる。
日本では、蒸留器より先に免許がある
日本で酒類を造るには、製造する品目ごと、製造場ごとに製造免許が必要になる。酒税法上、ジンは独立した品目ではなく「スピリッツ」に分類される。焼酎やウイスキーの免許と使える蒸留器があっても、それだけでジンを製造できるわけではない。
SAKURAO DISTILLERYは2018年にジンとウイスキーの蒸留を開始した。SAKURAO GINには広島産の柑橘やヒノキなどが使われている。
ボタニカルは、熟成年数を待たずに土地の特徴を一本へ載せられる材料でもある。
ジンのラベルには、たいていボタニカルの名前が並ぶ。だが、書かれていないほうが、その蒸留所を語っていることもある。ベースのアルコールをどこから持ってきたのか。香りをどの蒸留器で移したのか。待つ時間を埋めるための一本なのか、初めから主役として設計された一本なのか。
ジュニパーの後ろにあるその選択が見えてくると、同じ棚の並びが少し違って見えてくる。