なぜジンにはトニックなのか。ジントニックが定番になるまで
1868年、英領インド北西部のシアルコート、現在のパキスタンにある競馬場。一日のレースが終わり、人々が引き上げていく場面を、『Oriental Sporting Magazine』はこう記録している。「gin and tonic」「brandy and soda」「cheroots(葉巻)」——そんな注文の声が飛び交っていた、と。
ジンにトニック。ブランデーにソーダ。この一文には、二種類の炭酸飲料が並んでいる。つまり19世紀の飲み手には、すでに選択肢があった。それなのに、なぜジンにはトニックが結びついたのか。
確認できる最古級の記録は、薬局ではなく競馬場にある
この『Oriental Sporting Magazine』の記述は、現在知られている「gin and tonic」の最古級の印刷記録とされる。ただし、これはジントニックが生まれた日付ではない。むしろ注目したいのは、その書かれ方だ。
記事は「ジンにトニックを混ぜたもの」といった説明をしていない。ブランデーソーダや葉巻と同じ調子で、注文の声として書き流されている。少なくとも、説明なしで名前が通じる飲み物として扱われていたことが分かる。
そして場面は、薬を飲む場所ではない。レースが終わり、一日が終わっていく社交の時間である。キュー王立植物園のキム・ウォーカーとマーク・ネズビットも、19世紀の史料を調べ、当時のジントニックは抗マラリア薬というより、暑い土地で楽しむ清涼飲料として記録に現れると整理している。
トニックの側に、薬の履歴があった
とはいえ、マラリアとキニーネがこの話に何度も顔を出すのには理由がある。1820年、ピエール=ジョゼフ・ペルティエとジョゼフ・カヴァントゥは、南米原産のキナノキの樹皮からキニーネを単離した。キニーネはその後、マラリアの治療に広く使われていく。
重要なのは、その先だ。1858年、エラスムス・ボンドがキニーネを含む炭酸飲料を「Tonic Water」の名で英国で特許化している。キニーネ入りの炭酸飲料が、商品として流通する形を持ち始めた。
ここで二つの話を分けておきたい。「キニーネがマラリアに使われていた」は事実である。しかし「だから兵士がトニックにジンを足し、ジントニックを発明した」という有名な起源説を直接裏づける同時代資料は、はっきり確認されていない。
薬の履歴を持っていたのはジントニックそのものではなく、トニックの苦味の源であるキニーネだった。
ソーダが伸ばすなら、トニックは味を足す
では、なぜソーダではなかったのか。1830年代のロンドンでは、ブランデーソーダはすでに一般的な飲み物となり、ソーダ水を使ったジンパンチも存在していた。ジンをソーダ水で伸ばすという発想がなかったわけではない。
違うのは、ミキサーが飲み物のなかで担う役割だ。ソーダが主に加えるのは水と泡、つまり量と清涼感である。対してトニックにはキニーネ由来の持続する苦味があり、甘味を伴うことも多い。
ソーダが酒を伸ばすのに対して、トニックはジンと一緒に味の輪郭をつくる。二つを注ぐだけで、苦味、甘味、香り、炭酸を持った一杯になる。
もちろん、それだけで「だからジントニックが定番になった」とは言えない。味の違いは組み合わせの性格を説明しても、歴史的な定着の原因までは証明しない。
定番を育てたのは、発明の瞬間より繰り返しだった
残るためには、同じ飲み方が何度も繰り返される必要がある。
1875年の『The Medical Press and Circular』には、英領インドの将校の日常として、クラブでよく冷えた「gin tonic」を飲む様子が記されている。1881年には、インドから帰国した投稿者が英国の『Sporting Times』に、ジントニックを「インドでもっとも愛飲される飲み物」と表現し、英国でトニックをどこで手に入れられるのか尋ねている。後者は一個人の実感であって統計ではないが、少なくともその投稿者には、ジントニックがインドの習慣として強く認識されていた。
同じ時期、トニックは商品としても広がっていく。シュウェップスは自社史で、1870年にインディアン・トニックウォーターを導入したとしている。飲む習慣が繰り返され、その組み合わせを再現できる商品が流通する。ジントニックが定番になっていく背景には、この二つが重なっていたと考える方が、ひとりの発明者を探すより史料にはよく合う。
誰が最初に混ぜたのかは、今のところ分からない。分かるのは、1860年代にはすでに名前を持ち、その後の英領インドで繰り返し飲まれていたことだ。
ジントニックの歴史を見ると、クラシックをつくるのは「最初の一杯」だけではない。同じ飲み方が繰り返され、もう一度同じ一杯をつくれること。次にトニックの瓶を開けるとき、「TONIC」という語は、味だけでなく、その長い履歴まで残している。