タグ: ジン

ジンに関する記事

  • ジンはボタニカルが多いほど複雑なのか。香りを決める本当の要因

    ジンはボタニカルが多いほど複雑なのか。香りを決める本当の要因

    ボタニカルが多いほど、ジンは複雑になるのか

    ボトルの裏を見ると、数字が書いてあることがある。10種類。20種類。47種類。数が大きいほど、香りの数も多く、そのジンは複雑なのだろう——そう読みたくなる。

    けれど、その数字は何を数えているのだろうか。

    「何種類」と「どれだけ複雑か」は、別の物差し

    ボタニカルの数が示しているのは、レシピに使われた植物素材の種類だ。ジュニパー、コリアンダー、柑橘の果皮、根、樹皮、花。それぞれを一つと数えた合計であって、香気成分の数でも、飲み手が感じ取れる香りの数でもない。

    一つの植物には複数の香気成分が含まれ、性質の近い成分が別々の素材から持ち込まれることもある。素材を一つ足すことは、香りを一つ足すことと同じではない。

    少なくともEUの酒類規則がジンに求めるのは、ジュニパーで風味付けされ、その味が支配的であることなどで、ボタニカルを何種類使うかという要件はない。数の多さは制度上の品質基準ではない。

    さらに官能科学でも、「複雑さ」には一つに定まった定義がない。化学的な要素の多さと、人が飲んで感じる複雑さは分けて考える必要がある。

    それでも、種類が増えれば「可能性」は広がる

    では数は無意味かというと、そうではない。

    ドイツの研究では、50種類以上のボタニカルを使うジンと15種類のジンを比較している。香気成分のプロファイルには違いがあり、官能評価でも、前者では柑橘やオレンジ、果実を思わせる印象がより強く現れた。異なる素材を使えば、異なる香気成分を持ち込む機会が増えることは考えられる。

    ただし、これは種類数だけを変えた実験ではない。同じ蒸留所の別製品で、配合など他の条件も異なる。50種類だから複雑になった、という因果までは言えない。

    種類数は、完成品の採点ではなく、設計の幅を示す情報に近い。

    香りを決めるのは、材料表よりも「量」と「残し方」

    材料が同じでも、量が違えば結果は変わる。

    ジュニパーベリーを蒸気で抽出した研究では、ボタニカルの投入比率、仕込み量、初期のアルコール濃度を比較したところ、測定した香気成分の抽出に最も大きく影響したのは投入比率だった。何を使うかだけでなく、どれだけ使うかが香りを動かす。

    さらに、蒸留はボタニカルの香りをそのまま瓶へ移す作業ではない。商業蒸留所でジンの留出液を時間ごとに分析した研究では、ヘッド、前半のハート、後半のハート、テールで揮発成分の構成が変化した。揮発性の高い成分は早い段階で減り、より揮発しにくい成分の一部は後半で増えていく。

    つまり、どこまでを製品に残すかというカットも、最終的な香りを変える。

    レシピに素材名があることと、その香りが同じ強さで瓶に残ることは、別のことだ。

    鼻は、増えた香りを一つずつ数えていない

    最後に、飲み手の側にも限界がある。

    人が香りの混合物をどう識別するかを調べた実験では、二つを超えると個々の香りを言い当てることが難しくなり、四成分の混合では各成分の識別が偶然と変わらない水準になった。

    もちろん、「人間は四種類までしか香りを感じられない」という意味ではない。感じることと、一つずつ分解して名前を付けることは違う。それでも、香りは単純な足し算として知覚されるわけではない。 47種類のボタニカルを使っても、47の香りが整然と並んで感じられるわけではない。

    複雑さを見るなら、要素が何個あるかより、どれが前に出て、どれが背後を支え、全体としてどうまとまるかを見るほうが近い。

    ボタニカルの数字は、評価点ではない。つくり手が選んだレシピを読み始めるための入口だ。

    次にボトルの説明を見るときは、種類数の隣にもう一つ問いを置いてみるといい。この作り手は、何を主役にして、何を脇に回したのか。

  • なぜ蒸留所はウイスキーより先にジンを出すのか|製造と熟成の違い

    なぜ蒸留所はウイスキーより先にジンを出すのか|製造と熟成の違い

    なぜ蒸留所は、ウイスキーより先にジンを出すのか

    ウイスキーの蒸留所が、ウイスキーより先にジンを出す。焼酎蔵がジンを出し、ラムの造り手もジンを出す。理由を尋ねると、たいてい「ジンは造りやすいから」という答えが返ってくる。

    だがこの説明は、工程のどこが短いのかを教えてくれない。短くなっているのは技術の難易度ではなく、酒が商品になるまでの時間と、自前で持たなくてよい設備の量だ。

    出発点は、買ってくることができる

    EUの規則では、ジンは農産物由来のエチルアルコールにジュニパーベリーで香味を付け、ジュニパーが主体になった蒸留酒と定義される。製法要件がより細かいDistilled Ginでも、使う農産物由来エチルアルコールの初期アルコール度数は96%vol以上とされている。それを自分の発酵槽から得なければならない、とは定められていない。米国でも、もろみからの蒸留だけでなく、既存の蒸留酒の再蒸留や、ニュートラルスピリッツを使う製法が認められている。

    糖化、発酵、そして高純度まで精留する設備。ジンでは、その前半を外から調達する設計が成立する。

    ジンで省けるのは、蒸留の技術ではなく、蒸留までの工程だ。

    熟成しないことは、味ではなく時間の話

    EUや米国の一般的なジン規定には、ウイスキーのように一定期間の樽熟成を求める要件がない。米国ではオーク容器で熟成することも認められているが、それは選択であって条件ではない。

    新しい蒸留所にとって、この差は大きい。設備が動き始めた日と、ウイスキーを売れる日のあいだには熟成期間がある。スコッチ業界出身のStuart Nickersonは、ジンから事業を始めた理由の一つとして、熟成期間がなく、キャッシュフロー上の負担が小さいことを挙げている。Witchmark Distilleryも、ジンとウォッカは資金面だけでなく、ウイスキー発売前にブランドや販路、飲み手との接点をつくる役割があると説明する。

    先に売れる酒があるということは、先に名前を覚えてもらえるということでもある。 もちろん、ジンを出せば売れるわけではない。その先は別の仕事だ。

    同じ蒸留器で造れることと、共用していいことは別

    ボタニカルの香りを移す代表的な方法の一つは、ジュニパーなどを液中に入れて一緒に蒸留するやり方だ。一般的なポットスチルでも成立する。蒸気をボタニカルの入ったバスケットへ通す方法なら、別の機構が必要になる場合もある。

    Kavalanでは、もともとシングルモルト用に導入したドイツ製スチルを、のちにジン製造へ転用したと同社関係者が説明している。

    ただし、ベースのアルコールを造る蒸留と、香りを移す蒸留は別の仕事だ。多くのウイスキー用ポットスチルは、ニュートラルスピリッツを得るための高精留設備とは役割が違う。

    ウイスキーの蒸留器でジンは造れても、ジンの出発点までは造れないことがある。

    そして共用すれば、切り替えの問題も出る。前の蒸留の香味成分が設備内に残れば次の製品へ影響するため、洗浄や停止時間が必要になる。生産量が増えれば、専用設備を置く意味も大きくなる。

    日本では、蒸留器より先に免許がある

    日本で酒類を造るには、製造する品目ごと、製造場ごとに製造免許が必要になる。酒税法上、ジンは独立した品目ではなく「スピリッツ」に分類される。焼酎やウイスキーの免許と使える蒸留器があっても、それだけでジンを製造できるわけではない。

    SAKURAO DISTILLERYは2018年にジンとウイスキーの蒸留を開始した。SAKURAO GINには広島産の柑橘やヒノキなどが使われている。

    ボタニカルは、熟成年数を待たずに土地の特徴を一本へ載せられる材料でもある。

    ジンのラベルには、たいていボタニカルの名前が並ぶ。だが、書かれていないほうが、その蒸留所を語っていることもある。ベースのアルコールをどこから持ってきたのか。香りをどの蒸留器で移したのか。待つ時間を埋めるための一本なのか、初めから主役として設計された一本なのか。

    ジュニパーの後ろにあるその選択が見えてくると、同じ棚の並びが少し違って見えてくる。

  • ジンに熟成が必須でない理由。ウイスキーとの違いを製法と規則から読む

    ジンに熟成が必須でない理由。ウイスキーとの違いを製法と規則から読む

    なぜジンは熟成を必須としないのか。ウイスキーとの違いは「完成条件」にある

    ウイスキーには、樽で三年以上寝かせなければ名乗れないという決まりがある。EUの規則では、木樽の容量まで指定されている。ところが同じ規則の中で、ジンには最低熟成年数の定めがない。

    同じ蒸留酒でありながら、片方は年数が条件で、もう片方は条件にすらならない。この差は、手間の掛け方の違いなのだろうか。

    熟成は、蒸留酒に共通する「完成条件」ではない

    EU規則でウイスキーと名乗るには、最終蒸留物を700リットル以下の木樽で三年以上熟成させる必要がある。熟成は品質を高めるための努力目標ではなく、そう名乗るための条件に組み込まれている。

    一方、同じ規則がジンに求めるのは、ジュニパーベリーによる香味づけと、味においてジュニパーが優勢であること、そして最低アルコール度数などである。樽についての年数要件は出てこない。

    ウイスキーにとって熟成はカテゴリーの一部だが、ジンにとってはそうではない。 ここで比べているのは製造者の熱心さではなく、その酒が何をもって「その酒」と認められるかという定義の設計である。

    樽で寝かせていないジンを「工程が足りない酒」と見る前に、そもそも同じ物差しを当ててよいのかを疑ったほうがいい。

    樽に入る前に、ジンの香味の骨格はできている

    ではジンは、何によって個性を得ているのか。

    EUの「Distilled gin」では、アルコール度数96%以上の農産物由来エチルアルコールを、ジュニパーやそのほかの天然植物とともに蒸留する方法が定められている。ジンの香りを分析した研究では、テルペン類を中心とする多数の香気成分が確認され、使う植物の違いが完成したジンの香りの輪郭に影響することが示されている。

    さらに、ジュニパーを使った蒸留実験では、植物の使用量や仕込み量などの条件によって、抽出されるテルペン類の濃度が変化した。なかでも植物の比率は大きな影響を示している。

    ジンにおける設計変数は「どれだけ置くか」ではなく、「何を、どんな条件で香りとして取り込むか」にある。 樽に入る前の段階で、その酒らしさの骨格はすでにつくられている。

    ジンに熟成工程が欠けているのではない。熟成を待たずとも、その酒らしさを組み上げることができるのだ。

    樽は、足りないものを埋める装置ではない

    蒸留酒を木樽に入れると、木の成分が酒へ溶け出し、酸化や成分同士の反応が進み、アルコールや水の一部が蒸発する。これらの研究の多くはウイスキーやブランデーを対象にしたもので、ジンで同じ変化が同じように起こるとまでは言えない。

    ただ、樽が中身を保存するだけの場所ではなく、酒を変化させる場所であることは分かる。

    そう考えると、ジンを樽に入れる意味も見えてくる。それは未完成の酒を完成させるというより、すでに組み上がったボタニカルの香味に、木由来の要素を重ねる作業に近い。

    だから、樽を使わないという判断は単なる手間の省略ではない。植物の香りを主役に置きたいなら、木の要素を加えないこと自体が一つの選択になる。熟成の有無だけで、品質の上下は決まらない。

    「ジンは熟成できない」を、実在する製品が崩す

    規則の側から見ても、ジンと樽は矛盾しない。米国の連邦規則は、ジンについて「オーク容器で熟成してもよい」と明記する。一方で、主たる特徴的な香味はジュニパーベリー由来であることを求めている。樽に入れたからといって、ジュニパーの中心性がなくなるわけではない。

    実際の製品もある。フィンランドのKyrö Distilleryは「Kyrö Dark Gin」を新しいアメリカン・ホワイトオーク樽で熟成させ、さらにオレンジピールとブラックペッパーの蒸留液で仕上げている。

    樽で寝かせ、そのあと再びボタニカル由来の要素で整える。この順番を見ると、樽は必ずしも「最後に完成させる工程」ではない。少なくともこの製品では、木の香味もまた、加えるべき一要素として扱われている。

    正確に言えば、ジンは熟成しない酒ではない。熟成を必須としないが、目的があれば熟成することもある酒だ。

    「熟成しない酒」と「熟成する必要がない酒」は、まったく違う。次に蒸留酒の棚を眺めるとき、年数の表示がない酒を見て、そこに何かが欠けていると考える必要はない。

    見るべきなのは、その酒らしさがどの工程でつくられているのか、である。ジンの場合、その答えは樽よりずっと手前にある。