タグ: シェリー樽

シェリー樽に関する記事

  • シェリー樽とは? ウイスキー熟成を変える木の履歴とシーズニング

    シェリー樽とは? ウイスキー熟成を変える木の履歴とシーズニング

    シェリー樽には何が残る? ウイスキーを変える「木の履歴」

    グラスに注がれる前、ウイスキーは何年も樽の中にいる。その樽に「シェリー」と名前がついていると、多くの人は琥珀色のワインが染み込んだ木を思い浮かべる。

    ところがスコッチの製品仕様では、前の中身を空にしてから樽を使うことが求められている。液体を出してしまったあと、その樽が「シェリー樽」であることの意味は、どこに残っているのだろう。

    シェリーは「甘いワイン」の名前ではない

    まず、シェリーという言葉そのものが少し誤解されている。これはスペイン南部ヘレス周辺の産地と規格に結びついた保護名称であり、ひとつの味を指す言葉ではない。

    フィノは、酒の表面を覆う酵母の膜「フロール」の下で熟成する辛口。オロロソはフロールを形成させず、酸素と関わりながら熟成する辛口だ。一方、ペドロ・ヒメネス(PX)は、ブドウを天日干しして糖を濃縮してつくられる甘口である。

    つまり「シェリー樽」と一括りにした時点で、中に入っていたワインの性格はすでに大きく枝分かれしている。

    樽に残る主役は、液体ではなく木の履歴

    オーク樽は、中身を保存するだけの容器ではない。蒸留酒が長く木と接するあいだに、木から成分が溶け出し、酒との反応が起こり、一部の成分は失われていく。シェリーが関わらなくても、オークはウイスキーを変える。

    では、シェリーは何をしているのか。

    樽を一定期間シェリーと接触させる「シーズニング」という工程がある。2023年に発表された樽材の研究では、シーズニング後の木から、もともと木に含まれていた成分の一部が減る一方、シーズニング前には検出されなかったワイン由来の有機酸やエステルなどが見つかった。

    木から出ていくものと、木へ入ってくるものが、同時に起きている。

    そのあとウイスキーが接するのは、新しいオークではない。一度ワインによって状態を変えられた木材だ。シェリー樽の意味は、残ったワインだけではなく、シェリーとの接触によって変化した木そのものにもある。

    ただし、この研究が調べたのは樽材であって完成したウイスキーではない。木に見つかった成分が、そのまま同じ量で酒へ移ることを示した研究ではない。

    ワインが違えば木も違う。ただし香味は一対一では決まらない

    同じ研究では、フィノ、オロロソ、PXでシーズニングした木材が、それぞれ異なる化合物の構成を示した。12か月シーズニングした材と60か月の材にも違いがある。使ったワインと接触時間は、木にとって無意味な条件ではない。

    とはいえ、その差だけから完成したウイスキーの香りを言い当てることはできない。オークの種類、木の加熱処理、シーズニング期間、そしてウイスキーに何度使われた樽なのかが重なってくる。

    1993年のスコッチ樽材の研究でも、樽を繰り返し使うことで、木から抽出できる成分が減っていくことが示されている。樽は同じ名前のままでも、使われるたびに同じ働きをするわけではない。

    「オロロソ樽」という表示は、答えではなく変数のひとつだ。

    昔の輸送樽と、いまのシーズニング樽は同じではない

    シェリー樽とスコッチの関係は、もともと香味設計から始まったわけではない。

    19世紀、シェリーは樽に詰められて英国へ運ばれ、現地で瓶詰めされた。空になった輸送樽がスコッチの熟成へ回り、19世紀半ばにはそうした樽の取引が定着していく。

    その構造は20世紀後半に変わった。1980年代初頭、シェリーの原産地外での瓶詰めが禁じられ、英国へ自然に流れていた空樽の供給は細っていく。現在は、ウイスキーなどでの使用を前提に樽をつくり、ヘレスでシェリーによって意図的にシーズニングする仕組みが定着している。

    ヘレスの規制委員会が運用するSherry Cask®認証では、シーズニングは原則として最低1年。使用したワインや期間も認証情報として管理される。これはSherry Cask®という認証の基準であり、「シェリー樽」という一般的な表現そのものの一律基準ではない。

    かつてシェリー樽は、ワイン輸送の副産物だった。いまでは、ワイン産業とウイスキー産業のあいだで意図的につくられ、供給される樽でもある。

    次にラベルで「シェリー樽熟成」の文字を見たら、そこに書かれていないことを想像してみるといい。どのシェリーで、どれくらいの期間、どんなオークを、何度目に使ったのか。

    樽の前歴とは、何が入っていたかの記録だけではない。その液体が、木をどう変えたかの記録でもある。